誕生までの歴史(4)


いよいよ機械団地の発足

大阪機械卸業団地協同組合構想が煮詰まって行く中で昭和42年10月には、大阪機械業連合会のなかに、企業団地設立準備委員会が発足しました。

昭和43年の国内外情勢は、ケネディラウンド(GATT)の多角的貿易交渉の中での関税一括引下げ交渉の妥結による自由貿易体制への前進や発展途上国に対する特恵関税の供与の動きなど国際的な経済環境はめまぐるしいものがあり、国内的には労働力需給逼迫への対応と技術開発の培養や輸出振興対策に追われていた国内外の激しい動きのなかの昭和43年1月10日第1回発起人総会が、今里の大阪銀行2階で開催され中川機械(株)中川勝氏が発起人代表として就任しています。第2回の発起人会は1月26日に開催され、1.定款原案作成の件、2.設立趣意書の件、3.事業計画の件、4.収支予算書の件、5.資金計画の件、6.高度化資金申請の件、7.団地形成に関するPRの件、8.設立総会に関する件が審議されました。第3回の発起人会は2月9日に開催され、1.設立同意者報告の件、2.規約規程に件、3.賦課金の件、4.借入金の最高限度額の件、5.取引銀行決定の件、6.役員(理事、監事)選挙の件、7.創立費の件、8.総会次第の件などについて審議し、決定しました。

そして、創立総会が昭和43年2月14日午前10時から東大阪市永和の東大阪市民会館の3階大集会室で盛大に開かれました。総会では、中川勝大阪機械業連合会会長が「私が大機連会長になったときから、機械団地について考えていた。皆さんもご存知のように現在、谷町、今里地区では地下鉄工事が進められているが、市内の交通事情は日を追って悪化している。幸い関連業界83社の支援により今日、大阪機械卸業団地協同組合が設立するにいたった。しかし、これからが大変だと思う。なんとか成功させて、一大機械流通センターを皆様とともに作り上げたいと祈念している」旨の挨拶があり、各界からの祝辞、祝電披露が行われ各議案を承認可決後、初代理事長に中川機械(株)中川勝氏が就任しました。

いよいよ夢の団地作りが開始したわけで、日本で文字通りにトップになる団地実現がいかに生易しいものではないことを中川理事長をはじめ各役員は感じつつ胸中深く決するものがありました。

そして、昭和43年3月30日に大阪府知事より大阪機械卸業団地協同組合として正式の設立許可を受けることとなったのです。

設立認可時の組合概要

組合員数 103社  
取扱品別組合員数 工作機械 41社
鍛圧機械 16社
その他  46社
計    103社
 
組合員の概要 総資本額 2,497,770千円
総従業員数 3,364名
年間販売総額 70,729百万円
1企業平均 24,250千円
1企業平均 33名
1企業平均 686百万円